2017年9月4日月曜日

22.Jアラートが発令された日


■Jアラート発令


 8月29日(火)午前5:58、北朝鮮がミサイルを発射。
 ミサイルは日本の上空を通過し、襟裳岬東方約1200㎞の公海上に落下した。
 この事態に対して、日本政府は発射4分後の6:02に12都道府県にJアラート(全国瞬時警報システム)を発令。
 北朝鮮によるミサイル発射を伝え、屋内退避等の指示を出した。
 Jアラートが発令されると、各自治体では「国民保護サイレン」が鳴り響き、携帯電話には「緊急速報」が配信される。
 またTV局は、Jアラートの発令を受けて、それに対応した放送に切り替える。
 我が家のテレビは急に黒い画面に変わり、下のような画面がしばらく続いた。


 
  「発射から何分たってるんだ? 今どこにいるんだ」
 「北朝鮮だってバカじゃない、日本を攻撃するわけないでしょ」
 「じゃあなんだ、この放送は・・・」
 「ここ(埼玉)は入ってないわね」
 「長野が入っているのに、どうしてだ。関東は入っていない・・・」
 何もわからず、したがって何もせずに10分余りが過ぎた。
 「(ミサイルは)もう落ちたよな」とつぶやく家人。
 TVからはまだ日本のどこかに着弾したという報道はされていない。


首相の会見に???

  Jアラート発令後20分ほどたって、首相は官邸で会見。次のような事柄を述べた。
 「北朝鮮が我が国にミサイルを発射し」「我が国の上空を通過した模様」「ただちに情報収集・分析を行う」
 しかし、1時間半後の2度目の会見は少しニュアンスが違っていた。
 首相は「ミサイルについては発射直後からすべて把握していた。そして万全の態勢をとった」と述べた。
 えっ、そうなの? ということは、通過するだけだと知っていたということだよね。
 それならなぜ、Jアラートを発動したのよ。
 通過コースの下の数県ならともかく、何百キロも離れている県には必要ないだろ!


Jアラート発令の意味はどこに?

 Jアラートの発令により、新幹線や在来線は止まり、休校した小・中学校もあったという。
 Jアラート発令について聞かれた地域の人々は、多くが「どうしたらよいかわからなかった」「不安だった」と答えていた。
 発動地域以外でも、TVではこの問題にかなりの時間を割いて報道したため、不安がかきたてられた人は多かっただろうと思う。

 ミサイルによる災害を防ぐ意味での効果はどこまであったのか。
 地面に伏せろとか、屋内に入って窓から離れろと言った指示。
 これは多くの専門家が前時代的だと指摘。
 ミサイルから逃げるならシェルターとか、頑丈な建物の地下室でないととダメと指摘する専門家もいる。

 発射してから4分後というのがまた微妙だ。
 Jアラートの警報音を聴き、携帯の指示画面を見てから、内容を読み取り行動に移るまでの間にどれだけかかるか。おそらく1分やそこいらはかかるのではないか。つまり、発射後5分になる。
 その時点でミサイルはどこにいるのだろう。
 対応は間に合うのだろうか。
 (後で調べたところ、発射位置、目標地がどこかにより違いがあるが、北朝鮮から日本には4~10分の間に着弾するということだった。)

 不安感・恐怖をあおるのが目的だったのではと勘繰る向きもある。
 「北朝鮮は怖い国だ → それに備える防衛体制が必要だ → 防衛予算の増大はやむなし」と国民に思わせるために使っているのだという。
 たしかに、着弾する恐れはなかったというのに、はるか遠くの県にまで発動したのなら、それもあながちウソとは言い切れない。


日本政府はその日の未明に把握していた?

 ミサイル発射については、政府は、その日の未明のうちに把握していたという報道があった。
 アメリカから連絡を受けていたというのだ。
 ならば、なぜその時点で国民に知らされなかったのか。
 その日その時間、落下地点の近くで操業していた漁船があったという。被弾する恐れがあったのだ。把握していたのなら、出港するなという指示は出せなかったのか。
 今後の対応に不安が残る。


トランプ大統領とすべて一致、というのが怖い

 29日以降、安倍首相はトランプ大統領と何回も電話会談を重ねている。
 そのたびに「考え方はすべて一致している」という報道がなされている。
 今回もさっそく話し合わいが行われ「制裁強化」ということで一致したという。
 トランプ大統領は感情的な言動が多い。そして言葉が過激だ。
(北朝鮮は)世界が見たこともないような炎と怒りに直面するだろう」などとツイッターで発言する。
 そのような人と考えがすべて一致するということが怖い。

 

■日本の役割は?

 現段階では、ミサイルに関しては多分Jアラートは役に立たない。間に合わない。

 ミサイル迎撃等の防衛対策の必要性を主張する輩もいるが、軍事的な対応はばかげている。第一、北朝鮮は、日本を攻撃するミサイルをすでに200発もっており、すでに50発同時に発射する体制を備えているという。
 しかし、それを使ったら自分の国も終わりだということを、北朝鮮もわかっているはずだ。どこの国も失うものばかりだ。それは皆わかっているはずだ。

 それよりも、この状況の出口を探す必要があるのではないか。
 「最も強い言葉で抗議する」「断じて許さない」と北朝鮮を敵視し、制裁ばかりを主張して何になるというのか。
 北朝鮮は現体制を維持するためにアメリカと交渉したいのだ。
 いくら抗議しようと、いくら許さないと言おうと、効果は全くない。
 挑発はエスカレートするばかりだ。

 北朝鮮をこの負のスパイラルから脱出させるために、日本政府には、周辺国、関係国への真摯な働きかけをしてもらいたい。

 自分の国の利害だけでなく、周辺国との関係修復も含めた働きかけを。
 それが70余年前に判断を誤り大失敗をした国の役目ではないか。
 





 






 
 
 
 
 
 
 

2017年9月1日金曜日

21.原発は時代遅れ―世界に逆行する日本


 これが本当なら、日本のエネルギー政策は全く逆行している。
 「これ」というのは、世界のエネルギー政策の方向と、その実態である。
 

 

世界の潮流は自然エネルギー化

 
 世界は、つまり風力、太陽光、地熱、バイオマスといった自然エネルギーへの転換政策をとっている。そして、それはものすごい勢いで進んでいるという。
 
 2010年頃から世界の自然エネルギー発電設備の建設は増加の傾向にあったが、2012年以降それは急激な増加の状況を示している。それは正に驚きの急上昇。
  2016年末で、発電設備容量としては、風力は原発を超え、太陽光もこの12年のうちには超える勢いだ。(図1)

 自然エネルギーによる発電は、必ずしも24時間連続して稼働しない。したがって、それぞれの実際の発電量はまだ原発の3割ほどであるが、風力、太陽光、地熱、水力それらを総合すると、世界の自然エネルギーによる発電量は既に原発を超えているのだという。(図2)


  図1 2016年末における発電設備容量
 


  図2 自然エネルギーの発電容量はすでに原発を越えている

 
 
エネルギー供給の自然エネルギー化の方向は加速度的に進んでおり、設備建設は飛躍的に増加している。既にエネルギー供給の100%に近い国も出てきており、世界全体ではもう石油依存、原発依存から完全に脱する見通しがついている。そう遠くない未来に、100%自然エネルギーの社会が実現する見通しであるというのである。

なおかつ、この自然エネルギー化政策は、製造業、建設業、運送業など産業を複合的に発展させ、新しく雇用を生み出し、実施している自治体や経営者に確実な利益を生み出すというおまけもあるという。

良いことづくめで「本当だろうか?」と疑いを持ってしまいそうだが、どうもこれは本当らしいのだ。

 

映画「日本と再生」

この情報の出所は、弁護士の河合弘之氏が監督した反原発映画の3作目「日本と再生」。エネルギー学者飯田哲也氏(環境エネルギー政策研究所所長)が企画・監修をしている。私はこの映画を、地元の、脱原発社会を目指して活動している会主催の上映会で見る機会を得た。
        (★なくそう原発、清瀬の会 https://twitter.com/kiyosewalk

   



    
 
 
 
世界各国の取材、実態を伴う迫力のデータ

 映画は、世界中を飛び回り、国々の発電状況やエネルギー政策の考え方についての取材を重ねて作られている。ドイツ、アイスランド、デンマーク、アラブ首長国連邦、インド、中国、ハワイ、そしてアメリカ本国・・・。その取材は、各国のエネルギー政策担当の責任者レベルにまで及び、映画の中ではそれらの人々が河合・飯田両氏のインタビューに対して発電・供給の実態について語っている。

 ドイツは、メルケル首相が2011年の福島原発事故後、いち早く脱原発、自然エネルギー化に方針転換し、現在は電力の35%ほどを自然エネルギーでまかなっているという。2022年には全原発を廃止、25年には自然エネルギー40%台というのが政府の目標だが、増加の状況から考えると目標を大きく超えそうである。日本で言われている「フランスの原子力発電に依存している」という情報は全く嘘であり、ドイツが輸入していると言われている量の大半は、ドイツの送電線を経由しているだけで、イタリアとチェコに送り出されているという。実質輸入している電力の3倍量を逆にフランスに輸出しているというのが本当のところだ。

アイスランドは自然エネルギーは地熱発電が主体で、需要のの100%を超える。デンマークは風力発電、2025年には50%を賄えるという見通し。発電設備の半分は個人(協同組合)が出資、利益が還元されているというところは大いに参考になる。

インドも自然エネルギーに舵を切っている。原発は全く考えていないという。アラブ首長国連邦では、将来の化石資源の枯渇を見据え、自然エネルギー関連のプロジェクトを急速に進めている。産業としても考えていく方向だ。

中国は、実質的に世界一の自然エネルギー大国。液晶パネルの生産など、産業としての方向も進めており、自然エネルギー発電事業の責任者は、原発を増やす計画はないと言い切る。

そしてなんとトランプ大統領の指示でパリ協定を脱退したアメリカでさえも、実は自然エネルギー化が進んでいる。各地の取り組みのほか、河合、飯田両氏は国防省にまで突撃インタビュー。環境設備担当責任者が語るところによれば、アメリカの軍隊では、すでに自然エネルギー(太陽光)を採用しており、必要量の40%ぐらいを賄っているとのことだった。
  

 

加速する自然エネルギーの拡大
 
しかしなぜ、こんなに急速に自然エネルギー化が進んだのか。
設備が増え続けるその理由はどこにあるのか。
それは自然エネルギー発電設備を製造する部品が安くなったからだという。
設備の建設は少しずつ増加してきた。それにつれて部品の製造もふえる。
たくさん製造すると、部品単価が下がり建設価格が安くなる。価格が安くなると建設が増える。
増えると部品をたくさん製造する。そうすると部品単価が下がり、建設がふえ、そしてまたといった具合で、だんだん建設のハードルが低くなり、急速に増えたのだという。
 
ではなぜ、原発から自然エネルギーへと転換したのか。
そんなことは、考えるまでもないことだ。
 
天候に左右されやすく、安定的に供給できないと言われていたが、それは設備の数が増加したことと、コンピュータ・ネットワークのおかげで融通しあう態勢が整い、解決の見通しが立ったからである。安定供給の見通しが立ち、採算がとれさえすれば、自然エネルギーの方が良いに決まっている。 
 
化石燃料発電のように空気を汚し温暖化ガスを出さず、安全で未来永劫使え、そして、原発のように10万年も残る危険な廃棄物が出ない。引き受け手のない廃棄物の最終処分地に悩む必要がないのだ。
万一、故障や事故が起きたとしても、自然エネルギーの場合は人間の手で解決し、改善していくことができる。多くの人が故郷を失うようなことにはならないのだから
 
 
自然エネルギー化で本当の意味の日本再生の道を

 
 日本では、原発のある自治体が原発の再稼働を求める。それは第一に莫大な交付金を得るため、第二は原発関連の仕事で地元に雇用を生み出したいからだ。しかし、原発で本当に地元経済は活性化するのか。

 映画では、東京電力柏崎刈羽原発が地域経済に与えた効果を、新潟日報社が様々な角度から調査した結果を紹介する。2015年「原発は必要か」というタイトルで長期にわたって連載されたものである。
 その結論は、「思ったほど人口は増えなかった。産業も全然。どういうわけか期待とはみんな逆さまになった」

 原発施設の建設はたった1回、大きな建設会社、大きな製造会社が主体となり、地元の雇用は建設期間中の短期的な雇用である。
 運転はごく少ない人数で行われ、関連する作業は保守管理だけである。そして何十年後かは廃炉になる。その間は危険な廃棄物を出し続け、廃棄物を引き受けるところはどこにもなく、安全に廃炉にする方法はいまだ模索中。そして、いったん事故が起これば・・・まさに負の産業である。

 自然エネルギーの方向に切り替えている国々では、風力、太陽光等の発電設備をつくるということを新しい産業と位置づけている。地元に密着した、地元にあった規模で作り出す新しい産業体制である。

 自然エネルギー発電の産業は、継続して製造・建設の仕事があり、運送の仕事も生まれる。そこに働く人々に対応する様々な産業も生まれる。さらに、地元が必要とする量を超えた電力を販売することでさらに利益が生まれ、それらが総合されて経済が活性化していく、そうした状況が展開していることを、映画は紹介する。

 「自然エネルギーは採算が取れない」から、もはや、「自然エネルギーはもうかる」に変わったのである。あちらこちらで、みんなが取組み、みんなが利用していくことで、採算のハードルはより低くなっていくのだ。この映画はそのことを訴える。

 自然エネルギー産業で、本当の意味での経済再生の道を考えようというのが、この映画の提案である。

 

 
世界に逆行する日本

 アジア地域においては今年、台湾・韓国が相次いで脱原発の方針を宣言した。中国・インドに次いで自然エネルギー化の道を選んだのである。
 ところが、アジアのリーダーを自負する日本は、その逆を行く。各国が自然エネルギー化の方向に転換した原因となった原発事故を起こした日本では、いったんは全原発が停止したものの、その後再稼働させていく方向にある。2017年8月現在、5基が稼働中、7基が審査合格、さらに審査中の原発が多数ある。

 これは、日本政府が原発をエネルギー計画におけるベースロード電源と考えているからだ。ドイツが脱原発を決めた直後に安倍首相は、「自然エネルギーに乏しい日本では原発や火力発電が不可欠」と語っている。


 
 
この基本計画では、2030年時点の原発比率を2022%とするなど、将来的にも活用していく考えである。原発をベースロード電源とする一方で、自然エネルギー(ここでは廃棄物エネルギー等も含む再生可能エネルギーの中に位置づけられている)については、各国に比してかなり控えめな目標になっている。
河合、飯田両氏は、アメリカでロッキーマウンテン研究所のチーフサイエンティスト、エイモリ―・ロビンス博士を訪問し取材している。博士は、エネルギー利用効率の向上と自然エネルギー利用を推進する先進的な戦略「ソフトエネルギー・パス」を提唱し世界的に注目されている人である。つい最近行われたエンパイヤステートビルの省エネ化の立役者でもあり、同ビルはエネルギー使用量とCO排出量を38%削減、年440万ドル分の省エネ効果を得られるようになったという。
映画の中でロビンス博士は、「日本はドイツの9倍の自然エネルギー発電ができる環境にある。しかし今、現実には、ドイツが日本の9倍の自然エネルギー発電をしている」と語っている。日本では、日本の地勢・自然環境が持つ発電能力の活用の態勢が整っていないというのだ。

 整っていない理由は、整えようとしないからに他ならない。整えるどころか、再生可能エネルギーの買取や送電の枠を設けたり、自然エネルギー主体の新電力の料金に、原発を持つ旧電力の廃炉費用や福島原発の賠償費用を加算するなど、新電力の伸びを抑えようとする姿勢さえ見える。世界の自然エネルギー発電産業の実態を知らないのか、知っていてあえてそれを進めないのか。

 映画には、そうした日本の状況も描かれている。悪条件の中、各地で自然エネルギー発電事業に取り組む人々の姿だ。各国が国レベルで自然エネルギー化を進めているのに対して、日本はほとんどが小さな規模での取り組みだ。民間のグループ、市や町のレベルの自治体、そして生協。取り組みを困難にする数々の規制にもめげず、安全安心なエネルギーの供給を目指して、希望を抱いて活動する人々の姿に心打たれる。


 何とか、この活動を大きくして行きたいものだ。
 活動に直接関われなくても、発電されたエネルギーを使うことで参加できる。
 私の入っている生協でも再生可能エネルギー75%以上の電気『FIT電気』を提供する事業を開始した。
 私は、今日、我が家の電気を、東電からFIT電気に切り替えるべく、その申込書を書いた。



≪参考≫

映画「日本と再生 光と風のギガワット作戦」
http://www.energy-democracy.jp/1843

自然エネルギー世界白書
http://www.isep.or.jp/archives/library/category/renewables-global-status-report
 

 

≪追記≫ 

 飯田哲也さんごめんなさい。飯田さんが講演の中でお使いになった資料の中の図を1枚、お断りもせず掲載してしまいました。もし、ダメということでしたら、自作のものに切り替えますのでご連絡ください。


 
 
 
 


2017年8月8日火曜日

20.支持率回復―仕事ぶり見なくていいんですか?

 8月の3~6日に報道各社の世論調査が行われ、安倍内閣の支持率が発表された。
 先月の世論調査結果と比較すると、軒並み上昇である。中には8ポイント以上も上がったものもある。
 

 しかし、そんなに早く内閣の評価を変えてよいのか。
 安倍内閣の第3次改造人事が発表されて、まだ数日しかたっていない。
 改造内閣は、大臣が挨拶したくらいで、まだ何の仕事もしていない。
 評価を変えるなら、仕事ぶりを見てからだろう。

 確か、前回の世論調査では、内閣不支持の理由の一つは、「首相が信用できない」であったはず。その首相は、首相のままで変わっていない。そして内閣と党の主要な布陣も変わっていない。
 副総理・財務は麻生氏、官房長官は菅氏。党の副総裁は高村氏、幹事長は外務大臣から横滑りの岸田氏。そしてこともあろうに、加計問題で渦中の萩生田氏は幹事長代行と、党の中枢に位置づけられた。
 森友問題、加計問題、陸自―防衛庁問題に対する隠ぺい姿勢も変わる気配は見えず、稲田元防衛大臣の審問には同意していない。

 首相は、国民の大多数が反対する数々の法案を強引に成立させては、そのつど「国民に対して丁寧に説明をしていく」と語ってきた。しかし「丁寧な説明」なるものは、まだ一度もされていない。
 支持するかどうかは、首相が本当に反省して、信頼に値する政治を行うようになったかどうか、その首相の仕事ぶりを見てから判断するべきではないのか。
 

2017年8月4日金曜日

19.共謀罪、277の罪とは?


 5月15日に成立してしまった共謀罪法、マスコミやネットでは多くの人々の懸念が紹介されている。
 しかし、いまひとつ実像が見えてこない。取り締まられる側(一般人も可能性があるということなので)としては、まず、法律の実像をとらえる必要があると思い、対象となる277の罪について調べてみた。
 
 

★大きくは5つに分類される


 277の罪については、法務省が大きく次の5つに分類し、新聞各紙がそれを報道している。
   1.テロの実行に関する犯罪   110
   2.薬物に関する犯罪       29
   3.人身に関する搾取犯罪     28
   4.その他資金源犯罪      101
   5.司法妨害に関する犯罪      9
        計          277

 しかし、それぞれの分類の中は、犯罪名がただ列挙されているだけで、しかも類型が違うものが隣り合って並んでいたりするので、頭の中が整理されにくい。
 そこで、5分類のそれぞれの罪を、さらに罪の類型で分類し、並べなおしてみた。次の5つの表がそれである。

 






 




★共謀罪法は、テロ防止対策になるのか?



 この表に示された277の罪、これについて共謀(2人以上で相談)することを取り締まろうというのが、共謀罪法だということである。
 この法律は、確か、テロ対策として不可欠なものだというのが政府の主張であった。首相が、国会で何度もそう発言していたことを記憶している。

 277の罪を分類整理した結果、まず私の頭に浮かんだのは、「政府は、本当にテロ防止を真剣に考えているのか?」という疑問だった。
 共謀罪法がもたらす「監視社会」「密告社会」の到来への心配の前に、この法律の施行に、もし警察がまじめに取り組んだとしたら、逆にテロは防げないのではないかという懸念が浮かんだのである。

共謀罪法には、昨今の国際的テロ活動を分析・検討し、その防止策として新しく必要と考えられたものが何もない。というのは、それは全て取締の対象となる行動は、既遂の場合に対応する法律がすでにあるものだからである。テロ活動は、日本がこれまで対応してきた犯罪活動の範囲でしか行われないと、政府は考えているのだろうか。

 その一方で、「これがないとオリンピックを安心して開けない」と声高に主張する根拠にはなるとは思えないものがたくさんある。逆に、こんなことまで捜査の対象にしていたのでは、肝心のテロ活動を見逃してしまうのではないかと思えるようなものがたくさんある。

例えば、「2.薬剤に関する犯罪」における大麻の栽培とかケシの栽培。
「3.人身に対する搾取犯罪」における強制わいせつ、児童淫行、児童ポルノ、売春。
「4.資金源犯罪」についてはパレルモ条約批准のためには必要なのかもしれないが、テロ対策と位置づけるものでもないような気がする。例えば、会社や株主の権利を危うくする行為に分類したものなどは、テロ対策と直接結びつくのだろうか。

★現実のテロの分析と、それへの対応のしかたの研究こそ急務ではないか


 諸外国で実行されているテロは、圧倒的に自爆テロ。そしてテロリストの圧倒的多数は、その国における差別や不平等な生活に不満をいだく移民、それに同調した者たち、もしくは難民の中に紛れたISの戦闘員である。
 多くの観光客がやってくるオリンピックが危ないと思うのは、観光客に紛れてそうしたテロリストがやってくる可能性があるからだろう。

 とするなら、共謀罪法はとても有効とは思えない。
 法律よりも必要なのは、いかにして爆発物を所持しているものを発見するか、また発見した時に爆発にまで至らせない方法、被害を最小限度に抑える方法、そうした技術の開発や訓練ではないのか。

 そして、観光客に紛れて入国する可能性のあるテロリストを入国させない、出国させないという入出国の管理のてこ入れも必要ではないか。6月に成田空港で起きたLCC乗客の入国審査素通り事件のようなことでは、目も当てられない。
 加えて空より心配なのが海。一気に何千人と上陸する豪華客船。貨物船でやってくる乗組員。四方を海で囲まれた日本は、荷物に紛れて入ってくるヒアリのように、どこからでもテロリストが侵入してくる状態にある。
 
 日本政府は、共謀罪を本気でテロ対策と考えているのだろうか。
 そうであるなら、その考えはあまりにも的外れで、そうでないなら、別の魂胆があるとしか思えない。


 




























 

 
 

 

2017年6月23日金曜日

18.「共謀罪法」成立!!

 5月15日未明、参議院本会議で「共謀罪法案」が可決された。
 「共謀罪法案」、正式には「組織的犯罪処罰法改正案」といい、犯罪を計画段階で処罰できるようにするものである。

★練られていない法案だったのに・・・


 この法案に対する国内世論は、賛成・反対ともに20数%で拮抗していた。残りの50%以上の人は「どちらともいえない」という答えだが、本音は内容がよくわからないというところではなかったか。
 一般国民どころか、法務大臣が野党の質問に対してあいまいな答弁をしたり、答弁内容が二転三転したり、答弁しようとしたところを首相に遮られ代わりに法務省の官僚が答えたり、果ては「私の頭では対応できない」と発言したり。また首相の発言も、法務省の官僚の見解と食い違っているというありさまだった。
 法律を通そうとする責任者たちの間でも、共通認識がない(内容が理解されていない?)、よく練られていない法案と思われる状況が露呈していた。

 首相は、この条約はパレルモ条約(国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約)を批准するために必要、またテロ対策に不可欠で、これがないと東京オリンピックは開催できないと何度も言っていた。
 しかし、その一方で、多くの専門家たちが、「そこにはウソがある」と反論している。

★パレルモ条約批准に「共謀罪」は必要ない・・・第1のウソ


 日本の法律は、すでにパレルモ条約を批准するのに十分な条件が整っていると多くの学者や弁護士たちが言っている。そして何より、当のパレルモ条約の立案者であるニコス・バッサス教授(米ノースウェスト大学)が、東京新聞やテレビ朝日のインタビューに答えて、次のように言っている。
 
 「パレルモ条約は経済的利益や物質的利益を目的とする犯罪行為に対応するもの」「組織化された犯罪行為と闘うためのもの」であって、テロのように思想に由来する犯罪に対するものではない。
 そして、条約の批准については、「批准の審査をする機関はなく」「条件を満たしていなくても各国が批准することが可能だ」、さらに「日本は対応する法律が十分整備されている」と語っている。

 したがって、パレルモ条約を批准するには、まず、政府が国会に「パレルモ条約に批准したいんですけど」と提案すれば、それに反対している議員はいないのだから、すぐ議決されるはずで、それを受けて、政府代表が国連本部に行って批准書にサインすればすぐ批准されるということなのである。

 つまり、パレルモ条約の批准には、共謀罪法案の成立は必要なかったということである。
 政府は、「ウソ」をついていたことになる。


★「共謀罪」はテロ対策にはならない・・・第2のウソ


 バッサス教授はテロ対策についても言及している。これは2002年の9.11事件をきっかけとして国際懸賞に基づいた決議をしていて、「主要なテロ対策条約はすでに批准され法整備も完了」しているという。そして、「東京オリンピックのようなイベントの開催を脅かすようなテロなどの犯罪に対しては、現在の(日本の)法体系で対応できないものは見当たらない」と語っている。
 東京にオリンピックをを招致した際、安倍首相は「東京は世界一安全な都市」と名言したもには、そうした背景もあったからだと思われる。東京が世界一安全な都市にランキングされたのもつい昨年のことである。

 その東京が、いつ共謀罪法案が通らなければオリンピックを開催できないほど危険な状況になったというのは、何をもって言うのだろう。現在各国で発生しているテロ事件をとらえて、心配しているのか。10年以上も前の法整備では間に合わないという心配なのだろうか、
 
 しかし、その意味では、「共謀罪」だって役に立たないと、専門家は言う。
 共謀罪は、既に犯罪として法律で定められている277の罪を、計画の段階で犯罪とするという法案でしかなく、その277の罪の内容は、現在世界の各国で起きているテロの方法やテロに至った原因を研究してつくられたものではないからだという。

 となると、東京オリンピックのためのテロ対策というのも、これもどうやらウソだということになる。


★日本の、そして世界の識者たちが心配する「共謀罪」


 この共謀罪は、「表現の自由とプライバシーの権利を脅かす」として、国連人権理事会の特別報告者や世界ペンクラブ会長を始めとする内外の識者の懸念の声が上がっている。
 しかし、私を含めて多くの人が、今一つその懸念が実感を持ってとらえられていないのではないだろうか。だから、世論調査でも賛成・反対が拮抗しているし、半数以上がどちらともいえないと答えているのだろう。反対運動に盛り上がりが見えないのはそのためではないか。
 
 識者たちは、なぜ「共謀罪」が危険な法案であると言えるのか。
 私たちも、その懸念を共有できるようにならなくてはならない。
 また、内容をしっかりつかんで、こんなものじゃ「テロ対策」にはならない、と政府にはっきりと抗議できるようになる必要がある。
 
 それが、成立してしまった共謀罪に対して、私たち国民がとるべき行動の第一歩だと思う。
 

 

 
 



 







 


 

2017年6月15日木曜日

17.「失われつつある沖縄の自然」写真展

 「辺野古の海・高江の森 失われつつある沖縄の自然」という写真展を見た。
 辺野古(へのこ)というのは、言わずと知れた、米軍基地の海上滑走路建設の進む沖縄県名護市の辺野古だ。また、高江(たかえ)というのは、米軍のヘリパッド建設が進む同県国頭郡東村(くにがみぐんひがしそん)高江である
 写真展は、東京清瀬の市民グループが開催したもので、駅前の商業ビルの4階、通路と言った方がよいようなささやかなコーナーで開催されている。



  展示されている数十枚の写真は、沖縄の自然の美しさと、沖縄に過重に課せられた安全保障の役割のゆえにそれが失われてゆく現状を伝えたいと、写真展運動をしているグループから借り受けたものの一部で、長く沖縄の自然を撮影し続けているプロの写真家や、一般市民から寄せられたものなど、沖縄の自然を愛する人々の心が詰まった作品群である。

 あまりにも青く美しい海の色、緑の木々、そこに生息する多様な生き物たちが作り出す豊かな世界に心を打たれる。声高に滑走路反対、ヘリパッド反対を訴えているのではない。むしろ淡々と、海の美しさ、森の豊かさ、生き物たちの健気さが表現されている。それだけに、これらが失われていくことに対する悲しみが伝わってくる。

 滑走路建設のために投げ入れられた巨大なコンクリートブロックに押しつぶされたサンゴ、ヘリパッド建設のために刈り取られ、丸く穴のあいたような森の一角。これは暴力としか言いようがない。
 一枚だけ、住民たちの姿が写された写真が展示されている。高江のヘリパッド建設を止めたいと、建設地に続く道路に座り込んだ住民たちの姿を撮影したものだ。長く前方にのびる道路に、座り込む住民の背中が点々と続いている。
 その背中は泣いているように見えた。一緒に座りたくなった。
 沖縄がかわいそうすぎるじゃないか・・・

★下の写真は、写真展を紹介した新聞記事



★最終日に上映される映画の紹介






2017年5月14日日曜日

16.憲法違反ではないかと思うこと

首相主導の憲法改正への違和感


 安倍首相は「憲法改正の機運は熟した」として、改正憲法の2020年施行を目指す方針を示した。しかし、首相が声高に改憲を叫ぶのは、憲法に照らしてどうなのか。

 憲法第99条
  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官、その他の公務員は、
  この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 99条は、権力を持つものによって、国民の権利が侵されないようにするための歯止めの条項である。国務大臣は、憲法を尊重し擁護しなければならないとしている。その国務大臣の一人であり、長である首相は、当然この憲法を尊重し擁護する義務を負っている。


 「憲法改正の機運」は熟したのか?


 首相は何をもって「憲法改正の機運は熟した」と言っているのだろう。
 憲法施行70周年を迎えた今年、報道各社は、憲法改正についての世論調査を行った。それによると、確かに憲法改正が必要という回答が、必要なしを上回っている状況だ。
 (下記にあげた結果では、必要なしを上回っているのは朝日新聞のみである。)


 国民の意見はいよいよ改正派が上まわった、本当に機は熟したのかと思いきや、改正が必要だという意見はむしろ減少傾向にある。NHKの調査では、改憲必要だという意見のピークは15年前(58%)で、今回はそれより15ポイント落ちている。
 (20代では、改正必要なしの方が多くなっており、若い層でこの傾向が強いということが伺える。)


 朝日新聞の調査においてもこの傾向は同じで、13年前(2004年)の調査では改正必要53%であったのが、今回の調査では12ポイント落ちて41%となっている。
 改正必要という意見が減少したということについて、それをどう読み解くのかは難しいが、朝日新聞の調査には興味深いデータが示されている。安倍政権下における改正に賛成かどうかについての質問で、その結果は下記のようになっている。

   2017年  賛成38% 反対50% (現安倍内閣)
   2007年  賛成40% 反対42% (第一次安倍内閣)



国民は早急な憲法改正を望んでいない


 朝日新聞では、憲法改正に向かう国民の姿勢も聞いている。

  憲法改正は優先的に取り組む課題か  はい 33%  いいえ 62%
  現行憲法は日本にとって良かったか   はい 89%  いいえ  3%
  憲法改正の議論は深まっているか    はい 16%  いいえ 82%

 憲法は日本国の最高の法規とされているものであり、それは国民の基本的人権を守るための法規なのである。したがって、その改正を論議すべきは権力を持つものではなく、国民でなければならない。国民自身が優先的課題と考えてもいないし、議論が深まってもいないと感じているのであるから、どう間違っても、改正の機運が高まったなどとは言えない。
 改正するのかしないのか、改正するならどう改正するのかは、国民自身がもっともっと議論し、考えていかなければならないことなのである。


憲法改正を論議すべきは、首相ではなく国民


 次に紹介するのは、今から60年前の憲法調査会の公聴会にて、憲法の改正に対する内閣の姿勢について戒能通孝(かいのうみちたか)氏が述べたものである。多くの法律の専門家たちは、「法律の読み解くうえでの最も重要なことは、その法律が実現しようとしている理念をくみ取ることである」と言っているが、戒能氏は、まさしく日本国憲法の目指しているところに立って、その読み解き方を私たちに教えてくれている。


第24回国会 衆議院内閣委員会 憲法調査会法案公聴会(1956年3月16日)
 公聴人 戒能通孝氏(東京都立大学教授)の発言

 憲法の改正は、ご承知の通り内閣の提案すべき事項ではございません。
 内閣は憲法の忠実な執行者であり、また憲法のもとにおいて法規をまじめに実行するところの行政機関であります。したがって、内閣が各種の法律を審査いたしまして、憲法に違反するかどうかを調査することは十分できます。

 しかし憲法を批判し、憲法を検討して、そして憲法を変えるような提案をすることは、内閣には何らの権限がないのであります。この点は、内閣法の第5条におきましても、明確に認めているところでございます。(中略) 内閣法のこの条文は、事の自然の結果でありまして、内閣には憲法の批判権がないということを意味しているものだと思います。(中略) 内閣には憲法改正案の提出権がないということは、内閣が憲法を忠実に実行すべき機関である、憲法を否定したり、あるいはまた批判したりすべき機関ではないという趣旨をあらわしているのだと思うのであります。

 憲法の改正を論議するのは、本来国民であります。内閣が国民を指導して憲法改正を企画するということは、むしろ憲法が禁じているところであるというふうに私は感じております。(中略)
 元来内閣に憲法の批判権がないということは、憲法そのものの立場から申しまして当然でございます。内閣は、決して国権の最高機関ではございません。したがって国権の最高機関でないものが、自分のよって立っておるところの憲法を批判したり否定したりするということは、矛盾でございます。こうした憲法擁護の義務を負っているものが憲法を非難する、あるいは批判するということは、論理からしてもむしろ矛盾であると言っていいと思います。